後ろの正面 誰ぁれ♪
 


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いつだったか、その時は 人虎と自分とで人格と肉体が入れ替わってしまった珍事があって。
(
あいまいミーイング♪ 参照)
だが、その折の異能力者は、まだ十代の少女だったこともあり、
何とか取っ捕まえた上で太宰が要領よく説得し、納得ずくで異能特務課へ引き取らせたのだが。
今回はそれとは全くの別口、
ポートマフィアと提携関係にあった商社や貿易商との
隠密裏の会合や取り引きを引っ掻き回してくれたコソ泥一味の中に、
どうやら似たようなタイプの異能力者がいたらしく。
主要な人物と仲間内の中身をすり替えて、本人認証オールスルーで潜入させ、
情報を抜いたり奇異な行動で混乱させたりと、好き勝手に跳梁してくれていたものの、

 『…そういや手前には、昨夜こっそり5万貸してたよな。』

あれどうなってんだ?と耳打ちで問われ、
慌てた構成員から慌てて取り出した紙幣を手渡された帽子の幹部殿。
それはいい笑顔で笑ってから、

 『言っとくが手前とは今の今 初めて会ったんだぜ?
  どうやって借りられんだ? これ。』
 『げ…っ。』

直接の顔合わせは勿論のこと、重要な区域へ入るのに要りような指紋認証や
最新鋭のロックシステムである顔認証も静脈認証も突破できたはずが、
何ともあっさりと初歩的なトラップに引っ掛かってくれたおかげで正体も露見。

 『異能に頼り切って情報収集を怠けたな。』
 『ちっっ、客分の幹部がギリ貧だなんて聞いてねぇっ。』

やかましい、こんな端した金 返してやんよッと、
がなりながら叩き返したのを合図にし、
それっと力づくで掛かってのこと、
其奴とそれから 率いていた配下どもをひとからげに捕獲して、
混乱を納めたという事態収束を得てののち。
移送の途中、どいつがどうやって手引きして入れ替わったか、
どんな異能でこうまでそっくりに化けたのかを訊こうという尋問の直前に、
本拠に居た黒獣の覇王殿と 戻って来たばかりだった幹部殿とが擦れ違ったらあら不思議。
同時に違和感から立ち止まった二人が、
それぞれ恐る恐る振り返って…目の前に“自分”がいるのへ真っ青になったという次第。
何だこりゃーという こちらの混乱に乗じて逃げ出そうと構えていたらしかったが、
そこはそれ、異能者にも慣れのある組織なため、
何が起きたか素早く把握した幹部様 in 黒外套の禍狗さんから、
手前が諸悪の根源かという大層な言われようと共に投げ飛ばされるほどの、
却って余計な怒りを買った無様なオチがついただけ。
ただ、そこで問題になったのが、

 「一晩経ったら勝手に戻るだとぉ?」

入れ替わってた奴はただの駒、
そいつは置いといて 肝心な異能者を締め上げたところ、
其奴もまた十分な制御までは身につけていなかったようで、
どうやったら元に戻るかは知らないという。
大体、一晩経ったら戻っているが、
利用するために入れ替わった相手方の人間は
逃げ出さないように身を拘束したそのまま そこいらへ捨て置いてゆくので、
ちゃんと完全に戻っているかまでは確かめたことがないと、
何とも物騒で無責任な言いようをするものだから、

 「これが探偵社だと、
  そりゃあご丁寧に政府のその筋へ送り込んでの矯正となるとこなんだろうがな。」

表情硬いのはいつものことな黒獣の君が、
尋問中の輩が腰かけている椅子の 股の間へダンッと足を踏みつけて。

 手前が入れ替えたおかげさんで、俺りゃ この身に宿った異能を上手くは操れねぇが、
 手前がそうなるようにしやがったんだ、それでの制御不能じゃあしょうがねぇよな、と

黒外套の衣嚢へ両手を突っ込んでいる格好は常の芥川のそれなれど、
態度にまとった殺気の絶対零度さ加減は 日頃より百度ほど低かろう凍りよう。
どこか取り澄ました、高貴でさえある覇王様の威容ではなくの、
強いて言うなら ラグジュアリなチンピラ風。(なんだそれ) 笑
その背後に明王様の迦楼羅焔(かるらえん)を負うているかのような
沸々と滾る憤怒の圧が物凄く。
地べたに一旦食い込んでから垂直にぐぐんと這い上がっての背条を貫くような凄みもて、
ああ"ん?と脅し付ける口調は、一応傍らについていた樋口さんが、

 「あんなベタな脅し文句言うなんて 芥川センパイではありませんっ!」

五大幹部を捕まえて、恐れもなくそんな文言を言い切る辺りが、
さすがは首領直属遊撃隊の隊長補佐だけはあると言わしめたとかどうとか…。
いやそれはどうでもいいのだが。

 「解除法が判らねぇとなると。」

表情動かぬ幹部殿の、
だってのにチリチリと勝手に鳥肌が立ったほどの脅しのオーラに当てられたか。
歯の根が合わぬほど震え上がって真っ青になった賊異能者の言う、
それだけは確かだという唯一の結果とやらに間違いはなかろうからと、
一晩待っても良いっちゃ良いのだが。
こういう時の応急処置といやぁという、
彼らならではな “心当たり”が下手にあるものだから。

 「取っ捕まえて来て無効化させようじゃねぇか。」
 「ですが、中也さん。」

忌々しいが背に腹は代えられない、
彼奴の可愛い可愛い芥川の窮地でもあるのだ、いやとは言うまいと。
その可愛い可愛い愛し子に封入された格好の幹部殿が、
三白眼のまんまで口許歪め、不敵な笑みで言い放ったが。

 「やつがれが声を掛けても逃げられてしまいませぬか?」
 「う…。」

不敵な顔を向けられて、
もしかして“誘い出せ”という丸投げの構えでおいでなのなら無理ですよと。
先達が最も見慣れておいでの、青い双眸が座った男前なお顔をわざわざ指差して、
こうですものと示して見せることで、現状が判っておいでかと念を押す。
まさかに鏡があると思っていたわけじゃないだろう、
むしろ鏡を始終見ていてくださいと言いたくなるほどに、
現状を把握なさってないらしい先達なようで。
その中也の姿のまま、やや重苦しそうにふうと吐息をついた芥川を見やり、

 「判―ったよ、俺が餌んなればいいんだろ?」
 「その言い方は…。」

ちょっと語弊がと言いかかった帽子の幹部殿の頬を
ついと伸ばした手でぎゅむと容赦なく摘まんだ芥川という図に、
思わず すわ御乱心とばかり あわわと慌てた黒蜥蜴の面々を、

 「落ち着け、中原幹部が上長を仕置きなさっておいでなだけだ。」

広津氏がそうと制したややこしさだったそうな。



to be continued.(19.09.17.〜)





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 *あああ、回想部分で終わってしまった。
  というか、この話って梅雨時の話だったんだなぁ。
  うっかりと秋を背景に書き進めようとしてましたよ。
  あと、広津さんは会話の中では“芥川くん”と呼んでたけれど、
  当人がいる場ではどう呼びかけてたかチェックしてなかったのでやや焦りました。
  上長は上司と似た意味合いの呼び方です。
  (でも確か、年齢も上の人に使うんじゃなかったかな…)